6月の様子/inner peace

ほっとする日々|2020/06/13 posted.

このところ、とても穏やかな感覚を感じています。

私の価値観にチャレンジするいくつかの大きなことと、いくつかの小さくて静かで、でも深くまで響く出来事があって
自分自身であって、静かに過ごすことに焦点を当てながら日々を過ごしておりました。

セッションは継続して承らせていただいております。
6月の詳細は、前回のブログをご確認いただけますと幸いです。

 

英語の練習の影響は多方面に大きく、自分自身を見るきっかけになっています。

皆さまご存知の通り、英語って物事を切り分ける言語なのですね。(とくに初学者のレベルであれば。物事を単純化しないと話せないので。)
これを思っている。あれは思っていない。これはそうです。これはそうではありません。私は私です。私はあなたではありません。

この思考の使い方がとても私の在り方に、変な言い方だけれど、抵触してきていて、それでなかなか文章が書けなくなってしまいました。さらに、社会的なショッキングな事件、Black lives matterに関わることですね、が私の心の底の悲しみに触れたようで、しばらく動けなくなってしまっていました。
とてもしんどくて、他にもショックなことが重なって、無力感にとらわれている日がしばらく続いていました。

 

そんな中でも、そんな中だからこそ、自己変革は続いていまして、先に書いたように
今は自分の意識がはっきりと、そしてのんびりとしてきたのを感じております。

 

この間、といっても5月だと思いますが「私は人生でやりたいことをすべてやり尽したのかもしれない」という感覚がやってきて、そしてなんだかそこからすごく、色々が変わっていっているようです。

すべてやり尽したと言っても、本当の意味でやりたいことが全部終わったわけではなく、まだ「できる」と感じていることも、「できるといいなぁ」と感じていることももちろんあるのだけれど。でも「あれ、もしかして終わったんだな。」という、お知らせに似た気づきがやってきた瞬間があり、それは安堵感という程はっきりとした感覚ではないのだけれどinner peace・内なる平和、みたいなものをもたらし、育んでくれている感覚があります。

 

ゆっくり、丁寧に動く。

そして、今日したことで自分を量らない。

 

人生は長い。

私は今再び、自分自身に焦点を当て、自分のヒーリングに取り組みながら、そうしてこれまでとは別の在りようをもって、社会と関わる段階に入っていっているように思います。言ってしまえば、今すべての人がそこにいると思うのだけれど。

 

考え方や感じ方に相当な違いが出ているのは、やはり英語の影響は大きく、いつかまとめて書きたいと思うのです。でも、いつか書きたいと思うことは大抵書かないから、この通り過ぎていく瞬間の、とらえようのない感覚をこそ大事にしたいと思うのです。けれども、もしかしたら、そのとらえようのない感覚をとらえる能力は、英語と引き換えに奥にしまっているのかもしれないなぁ。

 

こうした段階を経て、もう一周すれば統合された自分の在り方で、また存在することができるかもしれません。それがなんというか、とても楽しみです。

なんなら、こういう変化を味わい、楽しむためにこそ生きているのかもしれません。

 

私は変わっていき、姿を変えていく。成長に終わりはなく、どこまでいけば完成ということもない。けれど絶対に変わることのない、核、光のようなものがあって、それをどれだけ輝かせて生きることができるか(本来の輝きに戻せるか)、それをどれだけ表に放出しながら生きられるかが、その人の人間力みたいなものなのかもしれないなぁなんてことも思います。

成長と変化を否定する人生は侘しい。けれども成長と変化だけを志向する人生は苦しい。

 

自分の在り方に素直に素直にありながら、引き続き2020年6月というときを過ごしてみたいと思います。

 

6月は5月よりずーっと楽しいだろうなと私は感じていて、今ははしゃいだ「楽しい!」のではないのだけれど、とても穏やかで満ち足りています。そして「楽しい」に常に触れている感覚がある。

お水の力で深く潜ることのできる6月、みなさまもどうぞ引き続きお楽しみください。

 

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今日の画像はCapri23autoによるPixabayから。